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千葉地方裁判所松戸支部 昭和30年(ワ)31号 判決 1956年11月24日

原告 土森三郎

被告 菊次郎事 菅谷菊二郎

主文

被告は原告に対し金二十万円及びこれに対する昭和三十年八月十二日から右完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二十分し、その一を原告、爾余は被告の各負担とする。

第一項に限り原告において担保として金四万円若くはこれに相当する有価証券を供託するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として被告は原告に対し金二十万円及びこれに対する昭和二十八年三月十七日から右支払い済みに至るまで年六分の割合による法定利息金を支払うベし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として被告は昭和二十八年二月十四日右同日附で訴外株式会社富士金融に宛て額面金二十万円、満期日同年三月十六日、支払地野田市、支払場所千葉銀行野田支店、振出地野田市なる手形文言の約束手形一通を振出し右訴外株式会社富士金融は同日これを原告に対し裏書譲渡したので原告は右手形の所持人となつた。そこで原告は被告に対し満期日に右手形を呈示して支払いを求めたが、被告は支払いを拒絶したので原告は被告に対し右手形金二十万円及びこれに対する満期日の翌日たる昭和二十八年三月十七日から右支払い済みに至るまで手形法所定の年六分の割合による法定利息金の支払いを求めるため本訴請求に及んだと述べ、尚、本件手形は訴外株式会社富士金融が昭和二十八年二月十四日被告に対し金二十万円を利息百円につき一日金十銭の割合、弁済期同年三月十六日の約で現実に貸渡した右貸付金の支払い確保のため、被告が訴外会社に宛振出したものであると、手形振出しの原因関係を附陳し、被告の(一)の本件手形振出しの原因欠缺並びに原告はこれが悪意の手形取得者であるとの抗弁、(二)の本件手形は期限後裏書による手形であるとの抗弁、(三)の相殺の抗弁、(四)の手形不呈示の抗弁は、孰れもこれを否認する。就中被告の(三)の相殺の抗弁に対する答弁として、「被告は仮に原告主張の如く、被告が訴外会社に対し消費貸借による金二十万円の債務を負担しこの債務の弁済を確保するため、本件手形を振出したとしても、被告は訴外会社に対しその株主相互金融営業の加入者として加入金二十五万円を出資し、この加入金二十五万円は被告の訴外会社に対する一種の預金債権であるから右債権と本件手形債務とを対等額で相殺する(本件手形は原告が訴外会社から期限後裏書によつて取得したもので指名債権譲渡の効力を有するから被告は訴外会社に対する人的抗弁をもつて原告に対抗し得る)」と主張するのであるが、被告主張の右加入金二十五万円は訴外会社が設立の際被告が同会社の株式五百株を引受け、その株金としてこれに充当したものであつて、被告主張の如き預金債権ではないから本件手形債務と相殺し得ないものである。即ち、訴外株式会社富士金融は所謂株主相互金融に属する株式会社であるが株主相互金融とは金融業を営む株式会社がその設立又は増資の際に払込まれた株金と原始株主(会社設立当初の株主)の持株の譲渡を斡旋した上会社が日掛け又は月掛けで譲渡代金の取立てを代行して保有した資金をもつて株式の譲受人に対しその持株の額の何倍かまでを貸付けてこれを日掛け又は月掛けで回収する。又更に株主が持株を譲渡する場合は会社がこれを斡旋してその譲渡代金は会社が立替えて支払い譲受人から日掛け又は月掛けで回収して利潤を挙げる企業方式を採用する株式会社であつて、これが株主相互金融の実態である。而して株主相互金融における融資の方式は大体一般金融業者のそれと変りはないが、資金獲得の方法について、その特異性が存するのである。それは会社の設立又は増資の際に原始株主から払込まれた株式代金が現実の払込金であれば、これをそのまま金融資金として会社がこれを保有するのであるが、会社は常に新株主を募集の方法で不特定多数の者に原始株主の持株の譲渡を斡旋してその譲渡代金の支払いはその譲受人に引受けさせた上にこれを日掛け又は月掛けで会社は原始株主に代行して取立てその取立てた代金は会社が株主との契約により貸付資金として自らこれを保有する。右のような一連の行為を繰返すことによつてこの種会社は逐次多数の株式を発行して巨額の資金を獲取することができるのである。ところでこのように株主相互金融における前記各個の行為がすべて有効なものであるかどうか、そして現在法律解釈の問題となつている点は株主相互金融を営む株式会社が自己の発行した株式の譲渡を斡旋することは法律上有効であるかどうか、会社の斡旋による株式の譲渡を受けようとする出資者には株主たらんとする真意がないのみならずその他の理由で株式の譲渡は一種の仮装行為であるから法律上無効であり株式の譲受人は株主たる地位資格を取得し得ないのであつて、この場合譲受人が払込んだ払込金は後に同額の金員の返還を受けることを約して会社に預けた金員即ち、消費寄託と消費貸借の性質を帯有する一種の預金であるから預金者として会社に対しその返還を求めることができるというのが実際問題の取扱いとして認められる解釈である。従つて株式の譲渡が無効であつても株式は依然として原始株主の所有のまま動かないのであるから原始株主は会社に対し預金債権名義でその返還を請求し得ないことは勿論のこと、会社に対する債務と相殺することもなし得ないものといわなければならない。そこで本件被告と訴外会社との関係であるが、被告は訴外会社の発起人として昭和二十七年四、五月頃金二十五万円を出資したが、同年十一月七日頃右訴外会社設立に際り株式五百株(一株金五百円)を引受け右の出資金二十五万円は右株式五百株の株金に充当したので同年同月同日頃訴外会社が設立すると同時に訴外会社の株式五百株の原始株主となつたものであつて、株式の譲受人としての株主ではないから株式会社本来の意味における真正の株主であつてその払込金二十五万円は純然たる株金であるから預金債権として会社に対し返還を請求し得ないことは無論のこと、被告の訴外会社に対し負担せる本件手形債務と相殺し得ないことも亦当然である。以上の理由によつて被告の抗弁は失当であると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として被告が訴外株式会社富士金融に対し原告主張の約手一通を振出したこと、右手形の満期日に原告が被告に対し支払いのため、手形を呈示したことは孰れも否認する。又原告主張の如く訴外会社が原告に対し右手形の裏書譲渡をしたことは不知である。抗弁として(一)仮に被告が訴外株式会社富士金融に対し原告主張の本件手形を振出したものであり且つ右訴外会社が原告に対し手形を裏書譲渡して原告が適法に本件手形の所持人となつたとしても、元々被告は訴外会社に対し手形振出しの原因を為す何等の債務を負担していないのである。即ち、「原告は本件手形は訴外会社が被告に対し昭和二十八年二月十四日金二十万円を利息は百円につき一日金十銭の割合で弁済期同年三月十六日と定めて消費貸借により現実に貸渡した右貸金の弁済を確保するため、被告が訴外会社に対し振出したものである」と主張するが、被告は訴外会社から当時右金員を借入れた事実は全くない。尤も被告は昭和二十八年二月十四日頃訴外会社から金二十五万円を受領したことはあるが、これは後記の如く、被告が嘗て昭和二十七年四、五月頃株主相互金融の形式で金融業を営む訴外会社に対し同会社の右営業への加入者としてその加入金(後述の如く一種の預金である)二十五万円を出資してあつたのでこれが払戻しを受けたものに係り、訴外会社から消費貸借による借受金として受入れたものではない。而して本件手形は右加入金二十五万円の払戻しを受けたにつき、被告の訴外会社に対し従前有せし右加入金二十五万円の払戻しを受くべき債権は消滅したので後日訴外会社が帳簿上相殺処理せんがための資料として被告が訴外会社の求めにより訴外会社に対し単に形式的に振出し交付したのに過ぎないのであつて、これが為めに被告は訴外会社に対し実質上何等債務を負担せるものではないのである。而して原告はこの事由を知悉し若しこの手形が裏書により輾転譲渡されたならば手形振出し人たる被告が損害を被るであろうことを知り乍ら敢えて訴外会社から裏書譲渡を受けた悪意の手形取得者であるから被告は訴外会社に対する右人的関係に基く抗弁をもつて、原告に対抗し得るものである。従つて被告は原告に対し本件手形金支払いの義務はない。(二)仮に原告は悪意の手形取得者でないとしても、原告は本件手形を期限後裏書によつて取得したものである。即ち、原告は前記の如く仮に訴外会社から本件手形の裏書譲渡を受けて手形の所持人となつたとしても原告が右手形を取得したのは満期日たる昭和二十八年三月十六日若くはこれに次く二日以後にして訴外会社がその清算を開始した昭和二十九年六月頃以後のことであつて明らかに期限後裏書によつて取得したものであるからこの手形裏書譲渡は指名債権譲渡の効力のみを有し従つて被裏書人たる原告は裏書人たる訴外会社の有する以上に独立した手形上の権利を取得し得ないものである。然るに被告は前記の如く訴外会社に対し本件手形振出しの原因たる何等の債務を負担していないのであるから被告に対する訴外会社の有しない権利を取得するいわれがない。而して被告はこの訴外会社に対する人的関係に基く抗弁をもつて手形の被裏書人たる原告に対抗し得べく、被告は原告に対し本件手形金支払いの義務はない。(三)仮に被告は原告主張の如く訴外会社に対し消費貸借上の債務金二十万円を負担しこれが弁済確保のため本件手形を振出したとしても前記の如く原告は訴外会社から本件手形を期限後裏書によつて裏書譲渡を受けたもので指名債権譲渡の効力のみを有するのであるから本件手形については被告は訴外会社に対抗し得べき事由をもつて原告に対抗し得るものである。然るところ被告は前記の如く訴外会社に対し加入金二十五万円の払戻しを受け得べき債権(後述の如く一種の預金債権である)を有するから訴外会社に対する右債権をもつて原告に対抗し得べく従つてこれと本件手形債務とをその対等額で相殺することとし本訴訟においてこれが相殺の意思表示を為す。尤も原告は被告の訴外会社に対する右加入金二十五万円はこれを目して被告が訴外会社に対し同会社の株式五百株を引受けたその株金としてこれに充当したものであると主張するが、これは前記の如く引受株式の払込金ではなく訴外会社に対する加入金(預金)である。抑々被告が訴外会社の金融業に加入しその際金二十五万円を出資したのは訴外会社が株式相互金融の方式を採用した金融会社であつて、一般加入者から日掛け月掛け若くは一時払いの形式で金を集め、帳簿上は右加入金を一株金五百円に分割して加入者に相当の株券を交付し一定期間経過後該株券を新加入者に売却の斡旋をし旧加入者には出資金を返戻することを主たる業務内容としているもので加入者としては株主となることを予想せず、出資金は何時にても当然これが返還を受け得られる一種の預金と考えているものである。従つてたとえ訴外会社が加入者の加入金をその引受けた株式の払込金として処理したとしても、それは訴外会社が一方的に形式上会社内部においてそのように処理していたのに過ぎないのであつて被告はもとよりその他全加入者の関知しないところである。加入者たる被告は、訴外会社の株主となる意思がなく、又訴外会社としても真に株主たらしめる意思はないのであつて、仮装行為でありその株式引受行為としては無効であり払込んだ加入金は株金ではなくその実質は消費貸借上の貸金たる性質を有する預金債権と看做すべきものである。果して然らば被告の訴外会社に対する加入金二十五万円は預金債権として訴外会社に対し何時にてもこれが払戻しを請求し得るものであるから本件手形債務金二十万円とその対等額で相殺し得ることは当然である。而して被告は昭和三十一年四月十七日口頭弁論期日において同年同月同日附準備書面に基き陳述しその旨意思表示をしたから本件手形債務は最早右相殺により消滅したのであつて被告は原告に対し本件手形金支払いの義務はない。(四)以上(一)(二)(三)の各抗弁が理由なしとするも、本件手形はその満期日が昭和二十八年三月十六日であるところ、被告は満期日若くはこれに次で二日内に支払いのための手形の呈示を受けていないから被告は原告に対し本件手形金支払いの義務がない。以上の理由によつて、被告は原告の本訴請求に応ずることはできないと述べた。<立証省略>

理由

印影について争いがない事実と証人倉持芳太郎、同関根重信、同飯田芳雄の各証言とによつて、全部真正に成立したと認められる甲第一号証及び右各証人の証言を綜合すれば被告は訴外株式会社富士金融に対し昭和二十八年二月十四日原告主張の本件約束手形一通を振出したこと、原告は訴外会社から右手形の裏書譲渡を受けてその所持人となつたこと(但しこの裏書譲渡が期限後裏書であるかどうかの点は後に判断する。)を認めるに充分である。そこで本件手形振出しの原因関係について考察するに前記証人関根重信、同倉持芳太郎及び口頭弁論の全趣旨を綜合すれば被告は昭和二十八年二月十四日訴外会社から金二十万円を利息百円につき一日金十銭の割合で弁済期を同年三月十六日と定めて消費貸借によつて借受け被告はその際訴外会社に対し専ら右債務の履行を確保するために本件手形を振出したものであることを認めることができる。然るに被告はその抗弁(一)において右の手形原因関係を否認した上更に被告は「本件手形は被告がこれを振出すにあたつて株主相互金融の形式で金融業を営む訴外会社から同会社に対する営業加入金(預金)二十五万円の払戻しを受けたのでその加入金(預金)債権は実質的に消滅したけれども会社の帳簿上では尚形式的に存続せしめたので後日訴外会社がその帳簿上相殺処理せんがための資料として被告が訴外会社の求めにより同会社に対し単に形式的に振出し交付したのに過ぎないのであつて、これがために被告は訴外会社に対し何等債務の負担を承認せるものではない。然るに原告は右の事実を知悉して訴外会社から本件手形の裏書譲渡を受けた悪意の手形取得者である。」と主張するのであるが、本件手形振出しの原因関係は前記認定の如く、被告の訴外会社に対し負担せる消費貸借上の債務金二十万円の弁済確保のためであつて決して被告主張のようなものでないことが認められるのである。しかも後記認定の如く被告の訴外会社に対する加入金二十五万円は預金たる性質のものではなく却つて被告が訴外会社の設立にあたつて株式五百株を引受けたによる純然たる引受株式の払込金として充当されたものであり当時訴外会社より株主たる被告に対し払戻さるべき筋合のものではなく、又払戻したものでもないことが認められるから被告の抗弁は全くその理由がないものといわなければならない。右の認定に牴触せる証人倉持芳太郎の証言部分及び被告本人菅谷菊二郎の供述は孰れも措信し得ない。他に肯認するに足る証拠がない。被告の抗弁は認容し得ない。次に被告の(二)の抗弁は前記被告主張の如く本件手形振出しの原因関係欠如せるものなりとしてこれを前提とし而して原告は期限後裏書によつてこの手形を取得したものであつて、指名債権譲渡の効力のみを有するから被告は訴外会社に対する手形振出しの原因欠缺せることに基く人的関係の抗弁をもつて原告に対抗し得ると為し主張するのであるが、被告の訴外会社に対する本件手形振出して原因関係が前記認定の如く(被告が訴外会社に対し負担せる消費貸借上の債務金二十万円の弁済確保のため振出したものである。)認められる以上その然らざることを前提とする被告の抗弁は既にこの点において失当である。加之に、右の如く手形振出しの原因関係が認められるにおいてはこの手形を原告が訴外会社から期限後裏書によつて裏書譲渡を受けたとしても、この裏書譲渡は指名債権譲渡の効力のみは有するのであるからその限度において原告は本件手形上の権利を取得したものであり、又被告はその手形上の義務を負担せるものなのであるから手形金の支払いを拒み得ないものといわなければならない。被告の抗弁は認容し得ない。次に被告の(三)の抗弁中先ず本件手形は原告が訴外会社から期限後裏書によつて裏書譲渡を受けたものであるかどうかについて考察するに、本件約束手形と認められる前記甲第一号証の訴外会社及び原告間の手形裏書面の記載中に裏書年月日の日附がないので右手形自体によつては果してこの裏書が期限前か、後かいずれとも認定し難いものであると共に、その日附がない以上期限前の裏書なりとの推定をもなし得ないことも当然である。そこで前記証人倉持芳太郎、同飯田芳雄の各証言と口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、本件手形を訴外会社が原告に対し譲渡したのは、原告主張の本件手形振出日たる昭和二十八年二月十四日と同日でないことは勿論のこと、法定期間即ち満期日たる同年三月十六日若くはそれに次ぐ二日内たる期限前の裏書譲渡ではないのであつて、それよりはるかに後たる昭和二十八年十一月以後のことであることが認められるから原告は訴外会社から期限後裏書によつて、本件手形を取得したものといわなければならない。右の認定を覆すに足る証拠はない。果して然らば訴外会社の原告に対する本件手形の裏書譲渡は指名債権譲渡の効力のみを有するので被裏書人たる原告は裏書人たる訴外会社の有する以上に本件手形上の権利を取得し得ないと共に被告は亦、訴外会社に対抗し得る事由をもつて原告に対抗し得ることも手形法上当然である。そこで進んで、被告主張の如く果して被告の訴外会社に対する加入金二十五万円は一種の預金であつて被告はこの預金債権と、本件手形債務とを相殺し得るかどうか、それとも原告主張の如く純然たる株金であつてこれが払戻しは請求し得ないものであり従つて本件手形債務と相殺し得ないものであるかについて考察しなければならない。証人倉持芳太郎(但し後記認定と牴触する証言部分を除く)同関根重信の各証言及び被告本人菅谷菊二郎の訊問の結果を綜合すれば被告は訴外会社が昭和二十七年十一月頃株主相互金融なる方式で金融業を営むことを目的として設立されるに際し被告自らも同会社設立の発起人の一員として加わり金二十五万円を出資しこれを引受株式五百株の株金に充当し同会社の株主となつたことが認められる。ところで前記証人関根重信の証言によれば株主相互金融とは金融業を営む株式会社が設立又は増資の際に株式引受人から払込まれた株金と原始株主(会社設立に際して株式を引受けた当初の株主)の持株の譲渡を斡旋した上会社が日掛け又は月掛けで株式譲渡代金の取立てを株式の譲渡人に代行して取立てた資金とを保有しこれを株式の他の譲受人に対しその持株の額の何倍かまでを貸付けてこれを日掛け又は月掛けで回収する。又更に株主が持株を譲渡する場合は会社がこれを斡旋してその譲渡代金は会社が立替えて株式譲渡人に支払い株式譲受人からは日掛け又は月掛けで回収してその間利潤を挙げる企業方式を採用する株式会社であることがほぼ認められる。ところが被告は株主相互金融業を目的とする株式会社に対する株式引受行為及び同会社の斡旋による株式譲渡行為は孰れもこれによつてその株主たらんとする者において、真に株主となる意思がなく又、会社においても真に株主たらしめんとする意思がなく右は仮装行為によつて単に形式上株主となるに過ぎず従つて所謂株主の払込金なるものの実質は株金ではなく会社に対する消費貸借上の貸金たる性質を具有する一種の預金債権であるとなし、本件被告の訴外会社に対する払込金二十五万円も亦株式の払込金ではなく一種の預金であつて、被告は訴外会社に対しこれが返還請求権を有するのでこれと本件手形債務と相殺し得るものであると極力抗争するのであるが、株主相互金融業を目的とする株式会社が自らその株主の有する株式の譲渡を斡旋して成立する株式譲渡行為が被告主張の事由によつて無効であるかどうかは暫らく措き、凡そ株主相互金融を目的とする株式会社と雖も株式会社の一種であつてその会社の設立行為自体が無効でなく、而してこれが設立に際し株式を引受けて株主たらんとする者の株式引受行為も他にこれを無効とする瑕疵がない限り総て無効とすることはその理由を発見するに苦しむのみならず、全くその理由のないことである。従つて又、同会社の株式を引受け株主たらんとする者がその引受株に相当する金員を払込んだ場合その払込んだ一定の金員は真正な株金であることも理論上当然である。若し夫れ株式引受人たる者真に当該会社の株主たらんとして当初一定の株式を引受け、而して引受株式数に相当する金員を払込み、株主となりたる者、後日に至つて自己の都合に依拠して意を飜えし当初株主たらんとする意思がなく株式の引受け及び株金の払込み等一連の行為は無効であつて払込金は株金ではなく、会社に対する一種の預金であると独断し、会社に対し何時にてもこれが払戻しを請求し若くは会社に対する債務との相殺を主張し得るものとせんか、この種会社は到底その基本要素を為す会社資本を維持するに由なく、たちまちにして存立を失うに至るであろう。実際上極めて不当な結果を招来するのみならず法律上も許されないことである。蓋し会社資本充実の要請からなる払込金の払戻しの請求を認めない商法の精神と、株主は払込みにつき相殺をもつて会社に対抗し得ない旨を規定する商法第二百条二項に牴触するからである。飜つて本件訴外会社は株主相互金融の形式をもつて金融業を営む会社として設立されたものであることは前記認定の如くであり而して被告は同会社の発起設立に際してその発起人の一人として加入し当時二十五万円を出資し、引受株式五百株の割当てを受けてこれが株金に充当し而して訴外会社の株主となつて株券の交付を受けたことは前記証人倉持芳太郎、同関根重信の各証言及び被告本人訊問の結果並びに口頭弁論の全趣旨によつて充分これを認め得られるのであつて、この被告の株式引受行為が被告主張の如く虚偽仮装のもので無効であるとのことはこれを認めるに足りる信ずべき証拠がなく、却つてその然らざることが前記証拠によつて認め得られる以上被告は今尚訴外会社の株主としての地位を保有し被告が当初出資した金二十五万円は引受株式五百株の払込金に充当され(当時被告から訴外会社に対し預金とする旨の意思表示をしたことも認められない。却つて株券の交付を受けている。)株金としての性質を具有したままの状態におかれているものであり、株金であつて預金ではないから株主たる被告は会社に対する債務と相殺し得ないものである。従つて被告はこれと本件手形債務金二十万円と相殺を主張して本件手形債務の支払いを拒み得ないものといわなければならない。(但し会社解散し清算の結果株主に分配すべき残余財産額が確定した場合はこの限りでないと解するがもとより本件においては問題は自ら異なるのであつて、この点については何等の主張、立証がない。)これと所見を異にする被告の抗弁は独自の見解であつて到底認容し得ない。次に被告の(四)の手形不呈示の抗弁について考察するに、前記認定の如く本件手形は約束手形なるところ、約束手形の振出人は主たる債務者として絶対的最終の支払い義務者であるからたとえ法定期日に支払いのため呈示を受けなくても、即ち、呈示の有無を問わず満期日から手形金支払いの義務があることは当然である。然しこの手形振出人の遅滞の責任は呈示によつて始めて発生するのである。ところが、本件手形は振出人たる被告に対し満期日たる昭和二十八年三月十六日若しくはこれに次ぐ二日内に支払いのため呈示したことを認めるに足る証拠がないから被告は本件訴状が被告に送達された日の翌日たることが記録上明らかな昭和三十年八月十二日から本件手形金二十万円につき遅滞の責に任ずるものといわなければならない。従つてそれ以前の法定利息金の支払いを求める原告の本訴請求部分は失当として排斥すべく、この限度において被告の抗弁はその理由があるものとして認容する。以上の理由によつて、被告は原告に対し本件手形金二十万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十年八月十二日から右完済まで手形法所定の利率年六分の割合をもつて算定した金員を支払う義務があるにより右限度において原告の本訴請求は理由があるものとして認容し、爾余は失当なりとして排斥すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用してこれを二十分し、その一を原告、爾余は被告の各負担とし、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 立沢貞義)

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